29.06.06
17番線への巡礼[旅行・見物記]
ベルリン中央駅から電車に乗って20分もしないうちに、窓からの風景が変わる。建物の間を走って
いたのが、緑が増える。夏の日差しを受けて、鮮やかな緑が目に入る。
電車がホームに滑り込み、私と友人は少し緊張しながらシートから立ち上がる。やってきたのは
グルーネヴァルト駅。
この駅には、今はもう使われていない「17番線ホーム」がある。
駅の階段には、17番線への案内が。
1941年の10月18日。このグルーネヴァルト駅の17番ホームから一本の列車が出発した。
帝国鉄道の特別列車の乗客は、1251人のユダヤ人。
早朝から約7.5キロもの距離を歩かされ、荷物はトランク一個に制限され、所持金もごくわずか。
彼らの行き先は、アウシュヴィッツ、テレジエンシュタット、ワルシャワ…ある列車は強制収容所へ、
またある列車は絶滅収容所へと向かっていった。
線路は残っているが、木が覆っている箇所もある。このまま朽ちていって欲しいとも、一瞬思う。
現在ホームには、ここから出発していった列車の記録がすべてプレートとしてはめ込まれている。
運ばれていったユダヤ人の数は毎回まちまちだが(ある列車は100人程度だったり、あるものは
数百人)、急に数が増えて驚くことが。…よくよく見るとアウシュヴィッツ行きだったりして、言葉が
出なくなる。
一週間に一回程度だったのが、2、3日おきに出発するようになる…。クリスマスの前後は途絶える
…文字と数字だけを見ていても、帝国鉄道の「業務」の様子が手に取るようにわかる。
当初は3等客車でユダヤ人を移送していたが、時がたつにつれて、家畜用の貨物車が使用される
ようになったそうだ。今日みたいにとても暑い日。水なんか当然口にすることなく、ここまで歩いて
くる…ホームにはトイレなんてものも見当たらないだろう。家畜用の貨車に押し込められ、小さな
窓からあっぷあっぷしながら空気を取り込もうとする。不安な泣き声を聞きながら、行き先も知らない
まま、ずっと立ち尽くしている…。私はこれからどこへ行くんだろう?
プレートに刻まれたユダヤ人の数…アウシュヴィッツに向かう人の数があまりにも多すぎて、100人
とか90人程度だと「あ、これくらいか…」と、どこかホッとする自分がいる。でも、これってかなり
危険だ。数字の大きさに感覚が麻痺してしまったのだろうか。
本当は、一人たりとも運ばれてはいけなかった筈なのに…。
線路の向こうには、さっきまでいたベルリン中心部の空が見える。あそこで起きていることが、どこか
他人事のように静かだった。
ベルリンの歴史をめぐる一冊。
この「17番線ホーム」も紹介。
日本語版も出ています。
こちらは独自のガイドが非常に詳しい。
