06.08.05
『ヒトラー~最後の12日間~』[鑑賞記録(映画、舞台、その他)]

現在公開中の映画『ヒトラー~最後の12日間~』。
実は劇場ではなく、ドイツ語版DVD※(しかもなぜか2枚組の方を買ってしまった)でしか
鑑賞していないのだが、日本版の公式サイトが盛り上がっているようなので、話題になっている
うちに感想を書き留めておく。
テーマは邦題の示すとおり、ナチス・ドイツを率いたヒトラーが自殺に至るまでの12日間の様子。
彼の秘書を務めた女性、トラウドル・ユンゲの回想録『私はヒトラーの秘書だった』と、ドイツの
歴史家ヨアヒム・フェストの『ヒトラー 最期の12日間』をもとに描かれていて、ヒトラーの姿や
愛人のエヴァ・ブラウン、ゲッベルスといった、彼を取り巻く人々は、とても"人間臭い"。
1945年4月、ソ連軍の勢力はベルリンまで達し、陥落はもはや時間の問題と思われていた。
ベルリン市内は戦場と化しており、300万人もの一般市民が、混乱の中を逃げまどっている。
帝国の官邸地下にある巨大な防空壕には、第三帝国の本部が設置され、ヒトラーをはじめとする
幹部達が集まっていた。
帝国のナンバー3であるヒムラーでさえも、ヒトラーに対してベルリンからの脱出を勧めるという
厳しい状況にも関わらず、ヒトラーはその言葉に耳を貸そうとはしない。
実現不可能な逆転のシナリオを描き、作戦会議で熱弁を振るおうとするが、幹部達の反応は鈍く、
時には困惑の表情すら浮かべる者もいる。
思い通りに動かない部隊に対する苛立ちを部下にぶつけるヒトラー。現状を省みず、犠牲になる
一般市民への同情や配慮すらもたない総統への戸惑いと畏れ。そしてナチスの最後を予感した
者たちが一人、また一人と去っていく。
次々と部下の裏切りにあい、怒りと孤独をますます強めるヒトラー。あと数キロでソ連軍が
防空壕にまで到達するという厳しい状況に、ヒトラーは自殺を決意。
愛人のエヴァ・ブラウンと簡素な結婚式をあげ、翌日ゲッベルス夫妻や秘書達に別れを告げ、
妻となったエヴァとともに自らの命を絶った。
…ストーリー自体は以上のように単純で、まるで再現ドキュメンタリーみたいな印象。
ヒトラーの姿や振る舞いにまつわる話や、彼の最後については多少なりとも知っている人が
多いだろうけど、機会があれば見て欲しいと思う。文字通りヒトラーの「人間」としての姿、それから
組織崩壊の物語が描かれていて結構面白く観た。2時間半はあっという間。
圧巻なのはやはりヒトラー役のガンツの演技&ゲッベルス夫人による我が子毒殺シーン。
とりわけマグダ・ゲッベルスを演じたCorinna Harfouchの演技は大層鬼気迫るもので、目が釘付け。
…であの相変わらずのクールな表情、結構好き(どうでもいいけど彼女、旧東ドイツの女優さんで
ドイツ統一直後は再び「無名」に近い存在になってしまったそうだが、数年後には再びトップクラス
の女優として復活。女オンナしてない、あの凛とした雰囲気が好きです)。
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しかしヒトラーを「人間」として描いた作品…これは本当にわかりやすい…が多少厄介だ。
後で述べることにも関連するが、結局この作品が大きな話題になったのは(公開劇場では連日
大入りらしい)、人間としてのヒトラーを映像化したこと、しかもそれをナチスそのものについて
語るという事自体「タブー」とされてきた(ことになっている)、ドイツ発のものだったと言うことに
尽きる。
公式サイトによれば、イスラエルでは批判めいた反応があったそうだが、それもうなずける話。
…そりゃそうだ。だってヒトラーは時折、とても優しいんだもん。
これまでだと、ヒトラーに対しては神経質で気性が激しく、冷血…狂気的な何かを発散する
ような存在というイメージがあった。しかし、秘書ユンゲの回想録にも描かれる姿を見ていると、
彼は普段、実に温厚で、気配りの行き届いたもてなしをする人だったようだ。
作品中にも出て来るが、初めての仕事で彼女がタイプミスを連発した時にも、ヒトラーは激昂
するどころか、彼女を辛抱強く励まして、勇気付けていた。
また、自殺の相談を(多少冗談めいてはいたが)皆でしている時に、ヒトラーは秘書連に毒薬
入りのカプセルを手渡すのだが、その際彼はユンゲに「こんなものしかプレゼント出来なくて
申し訳ない」…なんてことすら言っているのだ。
作戦会議で部下を前にして絶叫するヒトラー(こちらの方が大方のイメージに近いのではないか)
とは、かなりの隔たりがある。
ヒトラーが激しい感情をぶつけるのは、大抵が帝国のエリート幹部達だ。
士官学校を卒業した、まさに彼が育て上げたといっても過言ではない彼らは、ナチス・ドイツを
引っ張っていく重要な人間だ。
一人、また一人と自分の元を去っていく部下達は、ヒトラーにも多かれ少なかれある種の予感が
あったようだ。ある者にはいつもカネの噂が付いてまわったし、またある者は常にこそこそと動き
回っていようだし…。
しかし、ナンバー3であるヒムラーが自分を裏切り、勝手に連合国との交渉を画策していた事を
知った時、また帝国都市の理想を共有していたシュペーアも、別れの際、ヒトラーの命令を無視
した過去を告白したが、その時のヒトラーの衝撃と落胆は想像するに余りある。
誰もが帝国の完成を夢見、自分の下にやってきたはずなのに、皆、去ってしまう。
自分自身が誰よりも純粋に、ゆるぎない帝国建設の実現に向けて働き続けてきたにもかかわらず、
自分のすぐ傍にいて、ナチスの理想を最も良く知るはずの者達が去っていく。ある者は金に目が
くらみ、ある者は女に溺れ、ある者は栄誉を欲しがる。
「よりにもよって…!!」という絶叫が、それを口にしたものの孤独と絶望をよくあらわしている。
裏切るとまでは行かなくとも、ヒトラーに疑問を抱いた幹部達は、大抵ベルリンの一般市民の
事を案じていた。抵抗する術を持たず、ソ連軍に対する恐怖の中を逃げまどい、それでも
総統が最後には大逆転するのだと信じているドイツ国民達。
「残念だが同情はできん。民衆が自ら選んだ運命だ。そもそも我々が強制した訳でもないのだ!」
…皮肉なことに、ヒトラーに疑問を抱かず、まっすぐについてくるゲッベルスだけがこんなセリフを
吐ける。勿論ヒトラーも同じような言葉を口にする。「ここで滅んでしまうようならば、我が民族は
その程度のものだったということだ。そんな弱い民族は滅んでしまった方が良いではないか」と。
ヒトラーとゲッベルスはまさしく同一化していたのかもしれない。
なんと言えばよいのか分からないのだが、ヒトラーを基準にすれば、幹部達が欲にくらみ、自己
保身という裏切りに走った者は、結局自分を見捨てた。反対に忠誠を貫き通した者は民衆を見殺し
にする…。外から見れば、小さな「悪」をおかして、ヒトラーという「巨大な悪」から逃げた者と、忠誠心
という小さな「善」を貫いた者が、民衆を見殺しにするという残酷極まりない「悪」に手を貸すという
図がなんともやりきれない。善の中の悪、悪の中の善。
結局の所、民衆を見捨てた指導者は、最後に運命からも見捨てられてしまった訳だが、あんな
裏切り方をされていくヒトラーには少し同情すらしてしまう。
…それにしてもヒトラーに同情を起こさせるような描写というのは、これまで「ヒトラー=ナチス=
絶対悪」、「何が何でも悪」と信じ込んできた人々には都合の悪い話だ。
…こう書くと、すぐに噛み付いてくる人がいる。「お前はヒトラーが悪人じゃないとでも言うのか?」
そうじゃない。今更ヒトラーに好々爺的印象を持ったところで、彼の行いやそれに対する歴史的な
評価は代わらないし、作品内でも度々出てきていたように、一般市民が爆撃の中逃げ惑う姿は
胸が締め付けられる。
そもそも「私」がこんな思いをしなくてはいけないような戦争なんて真っ平だ。
…そうじゃないのだ。ある行動やその結果について、私達が善悪を判断するのはたやすい。しかし
人間についてはそう簡単にはいかない。Aさんの中のここからここまでは「善」で、ここからは「悪」
なんて線引き、できるわけが無い。自分の中の混沌とした善と悪。
問題なのは自分と「悪」を切り離して考えることが平気で出来てしまう人間、自分だけはそのように
なることはないと信じている人間がどれほどいるかということ。
そして、それが一番危険なのではないかということだ。
アウシュビッツでユダヤ人を「処分」した後、我が家に戻った高官がモーツァルトを好んで聞き、
子供にはこの上なく優しい父親として過ごしていた…私達はよく、"ナチスの恐ろしさ"として
こんな話を聞かなかったか。しかし、これはナチスではなく人間=私達(あえて言うなら「私」)の
恐ろしさとして聞くべきだったのかもしれない。ある一定の「異常な」状況下では、私もやすやすと
そんな人間になってしまうのではないか…そんなことを考えて恐ろしくなる(これについては姜尚中
と森達也による対談集『戦争の世紀を超えて―その場所で語られるべき戦争の記憶がある』を
お読み頂けるとわかるのではないか。敵を「人間」ではなく「害虫」という認識で捉えてしまうと、
たやすく相手を殺せてしまう。「害虫駆除」という感覚に、人間はいとも簡単に慣れてしまう)。
悪に「悪」というレッテルをはるのはたやすいが、悪を「悪」と決め付けて、わが身を省みない
「正義」は実にお手軽だ。
そういえばこの作品の監督は以前に「es」という作品も作っているが、これも衝撃的だった。
詳細はどこかで見ていただくとして、この時も、普通の市民が「囚人」と「看守」のロールプレイング
を行った時に、看守役の行動が加速度的にエスカレートしていく様を描いた、なんつーか、陰惨な
映画だった。見た直後は、人間不信というか、自分不信に陥りかけた。
…しかしわからないのは人間だ。この混沌とした存在、ヒトラーを通してそう感じる。
人間の中に内在する、悪の可能性。自分も然り。
・最後までお読みくださった方、お疲れ様でした。
何だか初めに書こうとしていた事からずいぶん離れてしまった気が…(汗)丁度あささんという方の
『逃避日記』というブログに言いたかったことに近い記事がありましたので
ご紹介させていただきます。
※ちなみにドイツ語版のDVDには、英語字幕とドイツ語字幕、さらに視覚障害者のための音声案内
(情景とかの説明)まで付いてます。。…ドイツ語学習にも役に立つのではないかしら。
また2枚組版の特典ディスクには、約一時間に及ぶメイキング、主要登場人物のインタビュー等、
約3時間の映像が収録されています。日本語版はさすがにここまで出来ないかな…?
※なお、冒頭の写真はドイツの映画情報サイト『film.de』よりお借りしました。はーっ、長ぇ。
投稿者 contra : 06.08.05 20:15
